河合凱夫 『軸』巻頭句 平成1年1月~11年7月
※お詫び
当ページの凱夫の句「はればれと冬蝶海へ死ににゆく」が、
久しく「冬蝶海に」と記されていましたが、これは誤植で、
「冬蝶海へ」が正しい句形です。
油 彩 平成11年8月号(河合凱夫最後の作品です) 稲妻の切っ先鈍る夜の河 脱ぎ捨てしシャツ夏山の容(かたち)なす 一本のロープに縋る声暑し 梅雨暗し油彩の中に藍の粒 ここで終らじ風の出口の菱の花 しろがねの自転車はしり去る網戸 驟雨に混む電車誰かの骨鳴れり 黒いページに時計の音が蒸れて夏 梅雨怖しキャベツから水にじみ出て |
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鴉 麦 平成11年7月号 窓二つ梅雨の運河を銅切りに |
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式 根 島 平成11年6月号 沖に崖ありと思えり五月の木 余熱もつ浜昼顔の翳りかな 死を囲むように海牛覗く夏 海牛の反転灼けるとも違う 簡略な貌で海牛灼けてくる 島ぐらしハイビスカスの長い息 夏鴉島の明暗頒けあえり きのうとは違う海流蟻跨ぐ 船室に水を煮つめて聖五月 |
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旅 吟 平成11年1月号 12月6・7日二本松市 20日深大寺 冬将軍あゆむ南湖の水の上 湯げむりに絡む冬霧二本松 鬼女跳べり全山枯るる閑けさに 凍る星鬼女の爪跡かも知れず 影凍る荒壁を掻く鬼女の爪 熊笹に沈みきれずに舞う落ち葉 寒林の沈黙(しじま)を縫えり白い犬 落ち葉浴び波郷の墓の傍通る 歳晩や回して鳴らす首の骨 |
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十 三 夜 平成10年12月号 『俳句研究』12月号 荒縄のほぐれてゆきぬ秋出水 蚯蚓鳴く十七音にしたがえば 釘ぬかれ月夜の梁が疲れ出す 川犯す潮の明暗十三夜 くちびるをめくりて刈田裏返す 露団々は青邨われに露皎々 リズム無き霧の単線利根運河 ふり向いて影に影折る月羅漢 ランプ描き秋思露わな斌男の句 鶏の眼のぽつんと昏るる落葉寺 |
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霧 平成10年11月号 白湯沸いて夜霧のホテルらしくなる 夜霧音無し錠剤が胃に降りてゆく 暗黒の霧をまといて露天湯出る 三度とも違う血圧霧の出湯 コゲラ飛ぶ林中の霧揺さぶって 霧すぐに酔う平凡な木に凭れ 黒檜みな千手伸ばして霧に舞う 霧山中媼こんもりしていたり 霧雫落としてゆきぬ山の鳥 |
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にいはり 平成10年10月号 葛跋扈常陸十国見下ろして 暴かれる山あり秋意拒みつつ 穂すすきに裾曳く筑波高曇り 不審火のあとの名刹実むらさき 鐘撞いて耳に秋韻とり戻す 小野の小町の墓 よれよれの小町があゆむ霧の村 萩はなれ先刻(さっき)の水に逢いにゆく まだ固い椎の実華奢な手のひらに |
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航 跡 平成10年9月号 新涼の沼がまばたき繰り返す 秋暑く超高層の天詰まる 肩辷りそうな羅タラップに 航跡はしろし秋風なお白し 鴎とぶ九月の湾をかたむけて さんずいの要らなくなりし文字凉し 窶れたる雨つき刺さる日向水 扉いくつも押す立秋の葱提げて 「せうべん」が読めぬ三十代の夏 |
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万両の花 平成10年8月号 朝顔やこの月こなす一万句 ありふれていて万両の花粒粒 広辞苑ばかりを責めて夜の短か 蝸牛だからどうしたとは言えず 月涼し切字あれこれ飛び交いて 丸太橋わたる涼しき浮力もて 鰻湧く沼あり黒い椿の実 悼 七夕の闇よ斉藤文子の訃 悼山本靖夫氏 訃は九十二歳向日葵すくと立つ |
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信 濃 路 平成10年7月号 姥捨が見えて鍵穴ひかる夏 風に起ちあがる小布施の栗の花 謎などはもたざり現の証拠の花 妙高の風降りてくる青芒 湖に島ありて信濃の杉涼し 馬鈴薯の花にうつりぬ生欠伸 南風白し祈るかたちに掌を組めば 血痰はまぼろし暑い湖中の暾 見えてくる湖の輪郭梅雨茸 |
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叙 勲 抄 平成10年6月号 七百の胸のハンカチまさに夏 老いて美し礼服に夏しのばせて 夏は来ぬ老いの拝謁集団に 昭和天皇在さばと松の芯仰ぐ 四囲青葉豊明殿のシャンデリア とこしえの木の香豊明殿に夏 九重の五月の天をとぶ海鵜 咲きのこりつつ惻々と車輪梅 乾門出れば噴水目に溢る |
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落 花 平成10年年5月号 東金・三句(三枝青雲氏句碑除幕 四月八日) 悠久の句碑を鎮めて桜山 落花すぐ水に溶けゆく八鶴湖 花曇り額の仏像金放つ 月朧川に鉄臭横たわる 夜の加速落下水より迅くなる 雉いそぐ上流に火を放たんと 今年竹風生まれねば狂い出す 金網を撫でつつ歩む夜のおぼろ 田上けゐ氏追悼 さめざめと落花を追いていかれしか |
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膝ついて 平成10年4月号 光りしは切字土筆に膝ついて 暴走がはじまる韮に旭が射して 切り株の傷が乾けり春疾風 おぼろおぼろいかがわしきは槻の瘤 七十七過ぎたる爪の冴えかえる 敷藁に寝返るさまの落椿 こみあげてくるもの抑え野火追えり 蝶迷走樹の胎内をくぐりぬけ こころここにあらざるときに初蝶来 |
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いのちづな 平成10年3月号 五輪終ゆ雪上に星ばらまかれ 雪卍泣く男らの喉炎えて 巻貝のなかのくらやみ春の泥 春雪を招ぶ青銅の鶴の首 梅東風や叩き割るべき過誤ひとつ すぐ忘れ革手袋に闇つかむ 雪烈し天へ天へといのちづな 踏切に幹精悍の梅咲けり 喜寿自祝 身につもる雪の光量明日ありき |
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雪 平成10年2月号 沈みゆくビニールシート蒼い雪 雪降り降るビルの輪郭伸び縮み よみがえる綽名雪夜の一名刺 凍雪を踏む濃闇の街抜けて 雪に声絶たれて疼くもの疼く 胃に落ちてゆきし眠剤雪の夜 バス辷り出す氷雪擦過音 炭砕きむかしむかしを輝やかす はればれと冬蝶海へ死ににゆく |
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去年今年 平成10年1月号 クレソンの水にはじまる初明り 竹筒の銭鳴るおもい初詣 去年今年群青の水さかのぼる 残齢の足腰しかと去年今年 硬直の吊革が揺る寒い海 クリスマス喰べつくされし皿ばかり 松の実を喰べ越年の墨おろす 阿部一族たらんと冬木群立す 志あるやに冬木手を伸ばす |
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筏 平成9年12月号 |
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秋 茫 々 平成9年11月号 貪婪やつゆじもを置く桑の瘤 良夜なり鶏のひとつが止り木に 野田訛福島訛熟柿吸う 失せてゆく風音ばかり唐辛子 火の匂い立てしが照葉照りしずむ 暮れてゆく妙義山塊そぞろ寒 二度三度菱の実たぐり寄せられし カルシウム不足秋天乾ききる 秋茫々虫の卵が木の枝に |
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風 岬 平成9年10月号 老人倦む「敬老の日」という檻に 日本を出てゆく燕風岬 すき透る烏賊の軟骨秋夜の喪 自販機で売らるる釣餌秋かもめ 「機能する」海岸線に鴨喘ぐ 鉄棒に身を折る少女秋ざくら 巨人大敗ころがり歩く秋の灯蛾 台風来雀ら空へばら撒かれ 佐野捷子氏を悼む 露万朶その華やぎのいまは亡く |
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跫 音 平成9年9月号 過ぎてゆく跫音からすうりの花 朝の蝉卵の黄身が盛りあがる 軟禁の月がぐにゃぐにゃガラス瓶 天の川鶏卵墓の如ならぶ 硝子拭き海拭き月を蒼くする 黒服を虜のように着る晩夏 悼 佐藤雀仙人氏 句魂継ぐべしと黄菊にささやかる 悼 栗原樵童氏 友よ訃よ愕然と霧のみくだす 悼 黒内福二氏 初秋の別れとうとう振り向かず |
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沼 晩 夏 平成9年8月号 白鳥の器となりて沼涼し 太陽がいくつも炎えて青田水 水ぎわにコーラの瓶の沈む夏 息づかい激しくなりて揚羽翔つ 流れつく夏の太陽大場川 沼晩夏ドレッシングの香か何か 露草はずぶ濡れ沼の湾曲部 逝く夏の膚ひりひりと畦の槻 夏も果なる毛深き蔓を弄ぶ |
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奥 信 濃 平成9年7月号 6月5・6日流山市の要請により姉妹都市長野県信濃町を訪問。 一行42名。中に勝山喜美子、菅生きく、須賀初子、島田房生、吉沢秀ひろ氏ら見ゆ。 黒姫につづく妙高花うつぎ 海抜千雲割って鳴くほととぎす 信濃夏格天井に斌雄の句 同行の前流山市立博物館長互井博はわが教え子なり 背を流しくるる教え子遠蛙 青葉冷ゆナウマン象の大臼歯 こまごまと昆虫化石白い夏 夏野の牛まばたいて蝶とび立たす 佐藤摂子追悼 黄泉涼し一行の詩に護られて |
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地 下 街 平成9年6月号 赤い爪出て柏餅ひとつ減る 地上より明るい街区セルちらほら 地下は地下いまだに青い麦売られ 地下を出て風にむかつく五月の胃 キャベツ畑散乱白い蝶流れ 睡蓮に厄介な毬流れよる 大鷭の声かも風を撒き散らし 気管支の悲鳴微かに梅雨迫る 海を割る雨の一滴沖から夏 |
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日 照 雨 平成9年5月号 まだかまだかと時間縮める蝉の羽化 女狐とおもう朧の木とおもう 臀まろき陶のエンゼル桜しべ 蝶四散貧富別れてゆくように 結界を這えり半透明の虻 踏み外す駅の階段さくらどき 遠望の樹が春暁の鳥放つ 日照雨(そばえ)いま通過ふらここ揺さぶって 藤垂るる吝嗇で鳴る一富豪 |
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花 冷 平成9年4月号 うつむきし樹が花冷の鳥放つ 花冷や出刃で掻き出す魚の腸 自らを緊めて朧の壺の首 ガスの炎がよろこぶ青い蓬煮て 那須春雪五句 氷柱みな斜めに風の行方指す 那須雪解石の狭間を水奔る 雪解けてしまえばどれも瘤もつ木 缶切りが波うつ雪解急かしつつ かき消えし春雪吾は存えて |
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梅 園 平成9年3月号 遁れんと四方へ呉服(くれは)枝垂梅 剃刀の音が微かに八重野梅 嗟嘆わが影踏まれゆく梅の園 枝垂梅一枝起ちあがらんとする 日が濯ぎ濯ぐ淡々紅の梅 薄荷めく蕋の匂いや枝垂梅 ポタージュの如き日空よ白加賀よ 雲流れ来て梅園の白塗(まぶ)す 梅ともるぶよぶよのわが体内に |
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手 賀 沼 平成9年2月号 梅ほつほつ血脇先生謝恩の碑 豆粒の雀降りつぐ枯ポプラ はぐれ鴨網笯くぐりて浮きあがる 影縮めおり凍光の杭百本 鳰殺到ボート溜りの餌を目掛け 吹かれつつ命終を待つ蒲の絮 ふと魚臭枯芦水漬くところより 楚人冠句碑見ゆる丘冬木騒 枯真菰婆娑と腐臭が横たわる |
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清水公園 平成9年1月号 枯るるなり小御門帽社なる祠 藁幣をつなぐ枯木の瘤と瘤 碑の漢詞杳と冬木の影移る 伐られたる生木の鮮度青い冬 美しき変身莢を脱ぎし朴 喘鳴の猫来て均らす冬の草 枯らしたる木に凭り枯るる金葎 十人が十人冬芽とは知らず 雀ふたたびきのうの冬木見当らず |
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観 潮 譜 平成8年12月号 11月18日、徳島支部結成挨拶に赴く。午前10時徳島空港着。先ずは 篠原 元、新居ツヤ子氏の案内で鳴門の渦潮を見に。新居悦子氏運転。 観潮船上即事。 秋惜しむ潮の鳴動畏れつつ 秋愁は潮にもありて泡の粒 潮晩秋脱出叶わざるままに 呑む潮も呑まるる潮も冬志向 秋雲の渦解き潮が立ちなおる 船揺すり渦潮秋の貌となる いま欲しき熟思の時間鳴門秋 海底に逆巻く野分阿波・鳴門 |
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墨田界隈 平成8年11月号 露寒し墨田の鳩の目が爛れ 仲秋の潮垂れ鷗ひらひらす 秋の蟻ぞろぞろどれも難解句 秋惜しむ眼玉ふたつを河に置き 冷まじや江戸絵に混んでくる乳房 秋かもめすれすれ太い鋲の橋 玉砂利の万の眼が剥く宵銀河 ほのぼのと松の体温十三夜 白浜 岩露出して秋潮を嵩ばらす |
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秋 桜 平成8年10月号 掻痒感すれすれ籾の香が消され 歩いても歩いても坂秋ざくら のびあがり咲く秋桜裏浅間 田の沖へ沖へとけぶる曼珠沙華 火を噴かぬ山の湿原沸く浮塵子 画面いま長江蒼い蛾の乱舞 月明にねむる極太万年筆 肘が異性夜の吊革に冷えはしる 自転車屋も秋あぶらげを甘く煮て |
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逝 く 夏 平成8年9月号 眼鏡屋に万のまなこの棲む晩夏 狡猾に有刺鉄線灼け残る 逝く夏の帯曳く檸檬色の鯉 雨三粒関東にまだ夏ぬけず いざさらばいのち憶えば顔灼かれ おおびらに腐蝕はじめる皿の桃 夏逝かす大甕に水たくわえて 逝く夏の木にべったりとわが指紋 分銅の重さで夏が遠ざかる |
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遡 行 平成8年8月号 炎昼の男ひたすら思惟磨く 女性合唱炎昼の海もりあがる ストローの涼しさに寄る猫のひげ あかね句会題詠「巻」即事 紙魚の跡まざと達治の巻頭詩 河涼し発泡スチロール遡行 籠夜涼酩酊の蟹ぶちまけられ 燈台の裾の光陰草いきれ 街空の星ちくちくと熱帯夜 松美形炎天に城見えて来て |
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花房治美子表装アトリエ展即事 平成8年7月号 (6月20日、花房邸) 水無月の声短冊は土師清二 家中に挿す花菖蒲三百本 心平の落款ずれて彷徨(さまよ)う夏 竹に夏「水の流転」の敏雄の句 試さるる如き吾が書を見て暑し 書と和紙の感合に覚め今年竹 暑を嘆くなり風折れの竹一本 液状化現象酢漿(かたばみ)の花酔うは 未央柳明るし治美子の声殊に |
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牡 丹 頒 平成8年6月号 牡丹が寄辺ひかりの渦の中 たまものの雨にかがやく五月句碑 蝶生(あ)れつぐ句碑誕生のあとさきに 牡丹の樹液を白と思いおり 牡丹は象牙の白さ富蔵院 群青の空あり牡丹ひしめけり 牡丹の彩に溶けゆく穹淋漓 碑句二十一緋の牡丹白牡丹 牡丹は碑句のとまり木散りてなお |
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花のころ 平成8年5月号 風脱いで来て花冷えの身を濯ぐ 忘却に似て花冷えの湾岸バス 誰も口噤む集会さくら冷え 老ゆるまじ花冷えの鼻つまらせて 右半身左半身花冷ゆる 叛逆や花屑乱れとぶ大事 裏切りの声花冷えの回転扉 肉桂の香のほんのりと夜の桜 花冷ゆる話すこともう無くなりて |
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寒 気 流 平成8年4月号 角川書店『俳句』4月号 みれば見ゆ運河の穹の寒気流 われのみの寒さ運河の水隆起 ペン胼胝にとびつく寒気水に鷺 はねかえる言葉の端の寒い水 咳こらえ切れずさざなみ立つ運河 鶏叫ぶ砂地に寒い餌が撒かれ 運河鉄橋鳴るたび椋鳥(むく)が地より翔つ 喫泉に大樹が降らす寒(かん)の声 大寒の胸を点して電車過ぐ 運河渉る男の浮力寒気流 葱不作大声を出す青年に 冬鵙の声がべとつく運河裏 鴨群泳白鶺鴒をやりすごし 愛しあう鶺鴒と水護岸壁 捨猫に夕日渇けり枯葎 |
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梅まつり 平成8年3月号 (2月25日、世田谷梅が丘吟行) 梅満開方位かまわぬ道敷かれ 紅白の渦梅林の空塗(まぶ)す 息吸えば胸白くなる枝垂梅 梅ただよう惚れぼれと目を閉じたれば 梅園にモデル羽毛の靴提げて 梅林の輪郭ややこしき都会 これもめでたき鴉のKA音梅まつり 一握の雪まだ残る珈琲屋 冴返る世田谷高所恐怖感 |
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灯も霜夜 平成8年2月号 神武綏靖安寧凍る夜の独語 海は杳(よう)たりシクラメン萎え寸前に なまぐさし凍蝶が陽に流るるは ポキリ枯枝そのあと何もない日ぐれ 青年は華奢凍裂のバラを掌に こつんこつんと寒い象形文字の鳥 破船漂う夜の木枯をあそばせて 寒い谺の汽車ゆく遠い森の奥 折釘のまじる釘箱灯も霜夜 |
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走るなり 平成8年1月号 腕時計外して寒波遠ざける 無蓋貨車寒し全裸の丸太積み 一輌に三人枯野走るなり 少年睡るシルバーシートクリスマス 老婆とぶ籾殻の燠たしかめて 死火山の枯れ切株に笊置かれ 聖樹の灯鼻から浴びて憎い奴 皿と皿触れあう音す冬ざくら 時雨来ん観覧車灯を零しつつ |
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望 月 平成7年12月号 痙攣し微光し紅葉山昏るる 紅葉山中もの言えば舌焦げ臭き 日が没(い)りてより鬼気迫る紅葉山 残照に一歩ずつ退(の)く枯蟷螂 映像を絶てば一気に凍る闇 浅間暁闇咳(しわぶ)くたびに星消えて 浅間朝寒乾坤に朱のゆきわたり 含羞の膚暁紅の冬浅間 角丸き石の甲冑山から冬 |
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水の階段 平成7年11月号 鵙が危機もたらす丸太組まれし森 芒の手がんセンターの灯を招く 破綻無し秋水に雲ゆき渡り 水がよじれる十月二十二日の飢 秋冷やがんじがらめの松丸太 落日を噛む蟷螂の生欠伸 白く塗られた水の階段遠くに鵙 鵙叫ぶ木の裏側の水痺れ 睡るなり黒い冬木に足向けて |
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割かれて 平成7年10月号 ハンカチに教師の月日見えており 惨憺と泥鰌割かれて混みあえり 霧しずくらんぷ吊りたる釘痕に 葛嵐おんなは知らぬ忍従記 エレベーター下降秋暑の四肢浮上 県協佐原吟行四句 泥酔の如きサルビアざんざ降り 樋橋に雨後の病葉流れ寄る 眼鏡拭く秋の驟雨をはしりぬけ 船町天を彷徨の凌霄花 |
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夜 凉 平成7年9月号 硝子器の罅に銀漢流れつく 地上一寸蚯蚓が跳ねる怒濤光 盆過ぎの赤い蝋燭黄水晶 ラムネ呑む呂律あやしき街に来て 蝉墜ちて天の秒針狂い出す スリッパが川音曳いてくる夜凉 匙運ぶ月光掬い余しつつ 夫君をうしなえる神戸はぎさんに 面影のほか何もなし天の川 悼 飯田藤村子氏 銀漢にまぎれし星を如何にせん |
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悔 恨 平成7年8月号 水深は五粍ガラスの海灼ける 鯉遡行街川の藻をなびかせて 涙腺のはなればなれに黴家族 牛蛙自転車闇に攫われし 子蟷螂脚展べて水わたりきる 銀河はためくQ老人のワンカップ 楝散る鏡の奥に鶏飼われ クレーン旋回若いヨットを追いかけて 裏窓の悔恨茨に星沈む |
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台湾余情 平成7年7月号 象嵌の夏つくづくと海に椰子 わだつみの未来に落とす夏の咳 飴色の蟻衛兵の影遂えり 空辿る線香の煙孔雀草 影濃ゆき睫の愁い冷房裡 白昼の闇に梅雨来る虎の檻 佐原市俳句大会 三句 豆噛んで六月暗い地下茶房 螢摑んで一指一指をなまめかす 農民史読みの半ばの更衣 |
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台 北 抄 平成7年6月号 廟五月紅い蝋涙朱い供華 口ごもる霊芝先生夏いよいよ 龍神に母の日の香たてまつる 拝跪して少女青葉に噎ぶかな 衛兵の擦足一歩ずつ梅雨へ 禁止大貨車左転楊柳梅雨雫 とめどなき緑雨渦巻く風化紋 それからの珊瑚紫藤に雨絡む 爆竹紅(サルビア)の炸裂まぶた合わすとき |
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猿島みち 平成7年5月号 花屑にまじる藁稭猿島みち 燥いて燥いて蝶断崖を踏み外す 藁灰にのこるぬくもり金鳳華 鷭群翔四月十日の菅生沼 春愁の断片細木原青起の絵 花どきの水に溺るるものあまた 水に墜つ疾風(はやて)まみれの春の鴨 幻聴が呼ぶ春昼の「ナツメノキ」 心臓に掌を置く夜の春霰 |
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菅 生 沼 平成7年4月号 「俳句研究」4月号 混沌と百の白鳥百の鴨 白鳥の争鳴天も地も汚れ 鬱陶しけれ白鳥の尾の汚泥 傲るとき白鳥の嘴天に向く 白鳥ら没陽くわえて首伸ばす 群白鳥よってたかって水狭む 白鳥の近寄ると見て遠のけり 白鳥の息やわらかき刻無かり 白鳥に嬥歌(かがい)のやまの今日は見ゆ 影消さぬように白鳥泳ぎ出す 白鳥を見て充足の脚を組む 白鳥翔ぶ一切の白斥けて |
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暮 景 平成7年3月号 舌先に春夜の辛味地下タウン うつむくは怒るにも似て焼野の犬 きれぎれの瞋り二・二六の雪 こんなにも明るい雪の夜の獣園 渚ゆく黒衣集団春の凍 リフトから出て陶酔の桃の花 松に雪松に雪「公候伯子男」 白鳥の飛翔没陽に侵されて 暮景はや見えない畦に見ゆる野火 |
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雪の秋田 平成7年2月号 故巽巨詠子氏葬儀のため1月18,19日秋田に赴く。 いま目をとじて氏の冥福を祈って雪の秋田を想えばー。 叫べども巨詠子在さず雪の秋田 悲嘆わが胸元に来て雪さわぐ 雪に眼を瞠(ひら)く冥府を見据えつつ 雪臭き身を横たえぬ雄物川 撲ちあう雪殴りあう雪夜が奔る 雪を払えりホテルの鍵を匿さんと 水鳴っており雪水となる前に 音立てて雪がとびつく夜の耳 雪の灯を蔵うホテルの抽斗に |
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借 身 命 平成7年1月号 冬ざくら見る曇天をノックして 冬ざくら借身命をかなします あっけなき七十余年冬桜 息ひそめいるよりなくて冬桜 補陀落のみちうすうすと冬ざくら 風を切り風に縋って冬桜 吹かれ寄る葱の抜け殻世紀末 音出さぬ鎖を曳けり寒い犬 冬全し陽に体温を脱ぎ捨てて |
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幽 境 平成6年12月号 蓮枯るる泥中に雲押しこめて 神々の山河杳かに蓮枯るる 水の破片が傷みのかけら蓮枯れて 生き余る眼を爛々と枯蓮に 髑髏枯れ蓮枯れ沈むもの沈む 枯蓮の黒いタクトが水揺らす 枯蓮を刈るは月光截るは水 痺れゆく枯蓮地獄風地獄 枯蓮に枯蓮の影立ち竦む |
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ねむるなり 平成6年11月号 空落ちておりコスモスの白い闇 白粉花(おしろい)の白曳きずって夜汽車発つ 天井に漂う寒さ黒い梁 単車発進先ず竜胆を震わせて 穴惑そこだけ無風地帯にて 十三夜待つ仏壇の水替えて 畦跨ぐ蝗に握り返されて 紅葉谷万霊水にねむるなり 水中に出て地下茎の白い冬 |
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秋 の 鶏 平成6年10月号 とりあえず新米容れる桶探す 銀漢やどこか貧しきわが書体 冷まじやからだから歯が外されて 絶望の果の檸檬をしぼりきる 露揺曳締め切れぬ指を折る 影重ねあうつぎはぎの花真菰 はたはたの飛ぶとき骨の音放つ 秋の鶏へらへら笑いしていたり 幼時回想 腰上げに木の実匿して刮目す |
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蟻 平成6年9月号 聞こえないものを聴きおり蝸牛 八月の光量草の根が痺れ 抽斗に錆ゆくナイフ熱帯夜 しんがりは破れかぶれの蟻の列 州を避けて行く大旱の破れ水 流されてたちまち沈む梨の皮 逝く夏の赤がちらつくかもめーる その下を猫過ぐ重い枝の桃 歯で開けるコーラ若者らに夜霧 |
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杉 山 平成6年8月号 流されて蛇杉山の胎内に 暗室に鉄の手ざわり甲虫 青山河透く小道具の斧置かれ 球型の海に腹這い瓜熟るる 向日葵の影ざわざわと石の村 草を煮る男は一糸まとうのみ 炎天の渚に耳を飛び発たす 海焙るけむり晩夏の防砂林 溶闇の深みにはまる蟇 |
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風 の 傷 平成6年7月号 シャワー全開父の日風の如く去り 緑山中七十三歳そわそわす 梅雨荒涼剥製の雉子横向きに ぬばたまに柑橘の黴死亡欄 遠ざかるもの白桃の風の傷 六月の谷戸に出没セールスマン 稲妻やアスパラガスの濃きみどり 行き過ぎて匂う荷台の青トマト 仮眠すぐ覚めて戻らぬ梅雨の耳 |
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手賀沼即事 平成6年6月号 邃静もる栴檀の花沼の謎 花楝(あうち)散る獄門の木はむかし 沼夢想栴檀の花空に湧き 葭よりも樹に鳴く手賀の行々子 水めくる沼の光陰行々子 沼の蟻死にそびれたる影曳けり 風聴いていろめき立ちぬ手賀の蟻 ありあまる沼の天あり蟻地獄 空を掃くポプラの大樹水から夏 |
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中 井 沼 平成6年5月号 葭の芽にすがるさざなみ土着魂 擦れあっていて嫋々と真菰の芽 蛭泳ぐ杳(とお)い記憶の濁り水 巨いなる蛭出てわたる大場川 春塵に泛く幻の農耕馬 ハイヒール小走り春の水措いて 女来て投げ出す手提花みずき 沼わたる陽のうつうつと柳の芽 しんかんと黄心樹(おがたま)中井沼遅日 |
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春 月 平成6年4月号 母音から母音へ嵩む春疾風 雲離散三月了る閼伽の水 春月が出て恐竜の骨撓う おぼつかぬ歯もて余寒の果肉裂く 立泳ぎして三月の風の杉 いつからの耳の痙攣春の霜 荒涼と春別々の死が通る 岡野久米先生急逝、門下の悲嘆限りなし 梅寒しわれらこの世に遺されて 戸張智雄氏追悼 彼岸寒む大空のどこ摑んでも |
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春 鴨 平成6年3月号 暗黒を曳くときあらん春の鴨 晴朗にしどろもどろに春の鴨 春の鴨天の錘となり沈む 鉄いろの砂にまぶされ春の鴨 春鴨のさびしからんに風飛脚 つくづくと水の明暗残り鴨 春鴨を見おり卵黄ほぐしつつ よくよくのこと春鴨の単翔は 残り鴨見し夜の塩をひとにぎり |
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その日から 平成6年2月号 エスカレーター下降芽柳抱えられ 野火の煙抓んで村を離れけり 終りまで唄えぬ唱歌蕗のとう ひと冬の垢石臼の飛石に 早梅や重くてならぬ墓の蓋 梅白し墓守の遠まなざしに その日から海光絶てり梅古木 思い出すため末黒野に爪這わす 猫はしる風花が地に着かぬうち |
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霰 平成6年1月号 おのれ撲つべしと霰を打つ霰 貨車百輌通過水餅揺さぶって 字余りを許す凍蝶蠢めけば 声毀れおらん真冬の深海魚 白マスク御首級という字を読めず しゃっくりの止まねば濁る冬の霧 幻のキャタピラ疾駆葱月夜 蟹生きており寒灯の出入口 凍光や跫音(あおと)洩らさぬ白脚絆 |
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瀝 青 平成5年12月号 紐に音あり溶闇の冬の壷 シャワー全開冬野を駈けて来し頸に 焦げている枸杞の実ポンペイ最後の日 硝子器の水の張力夜の凩 瀝青をとろりと吹きちぎる北風(ならい) 一葉忌フラスコに星溜りゆく 米がコメと書き替えらるる記事寒し 樹と水に吊られ不発の烏瓜 佐々木清子句集「川風」序句 川風に乗り充実のかりんの実 |
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古利根を行く 平成5年11月号 「俳句」10月号 夏の鴨鋼となりて照り沈む 夏鴨にカーテン引かぬ窓いくつ 湾岸へやがて出るべし折れ真菰 古利根にまで来るかもめ狗尾草 白鷺の透きてそのまま雲となる 人襲う鴉のおりて不作の田 草薙いで草の実搬ぶ東武線 干傘が風に転がり鳳仙花 水澄めり楸邨超ゆる者無しと 炎え易き耳楸邨も聞きし蝉 泥捏ねる蛇悶絶の寸前に 鱗より声出しそうに蛇死ねり 草撒かれ燦爛と蛇死にゆけり 蛇連れてゆきし下流の見えてくる 象嵌の向日葵となり冥い水 流れ藻の余光に蜻蛉乗り移る 橋下は小暗く茨混み合えり 傷嘗めて青萱の香と思いおり |
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将門胴塚 平成5年10月号 「俳句研究」10月号 野ぶどうの蔓怨念の影曳けり 折伏の明王に蟻慕い寄る 苔の碑の正徳二辰あと読めず 昼の蛾がくる胴塚の白い供華 煩悩の色にひしめく蛍草 夏木立土龍の土のあり余る 胴塚の常の湿りや蝉の穴 老鶯や将門山に句碑一つ そのかみの相馬御厨新松子 鳩くぐみ鳴く老鶯のあとさきに 高檜葉に夏うぐいすの声透る 胴塚に伸びてへなへな山帰来 大榧の実の肉厚く短かい夏 |
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蜘 蛛 譚 平成5年9月号 蜘蛛降りてくる怒濤音引きずって らくらくと蜘蛛に息絶ゆ鱗翅目 蜘蛛さがりおらん小暗き蝋の燭 ブランコの半円埋めて蜘蛛の網 蜘蛛落ちて青砥の上にうずくまる 硬ばったグローブを出て蜘蛛臭う 蜘蛛ねむる幸福の木に海くびれ 透けるまで雲を孕めり袋蜘蛛 蜘蛛白くなりぬ水中翼船も |
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梅雨永し 平成5年8月号 茫々の長梅雨銀貨光り合う ロッカーの闇につまずく梅雨の雷 函失せし仰臥漫録梅雨低温 梅雨永し昼のシャワーに身を屈め 斜交に斜交に夜の梅雨嵐 鎹の尖から銹びて戻り梅雨 十薬や夜の車輌の鼻濁音 逃亡の蛾が自販機の灯にねむる 炎天の石よりも膝ごつごつす |
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葭 笛 平成5年7月号 力あるものの如くに桃一つ 毛虫咆哮して日輪に挑みおり 米糠炒る蟇の匂いを忘れんと あな若きおのが膝抱く昼寝覚 七十の夏石階を駈けのぼる 葭笛吹く白髪一本まじる眉 青葉地を掃いて怒濤の夜となれり 石臼に苔咲く地上地下の間(あい) 塩すぐに湿り対(む)きあう人ら汗 |
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北京朱夏 平成5年6月号 空駈ける万の自転車北京朱夏 罅はしる巨大円柱柳絮飛ぶ 北京蒲公英摘めり「少年老易」 大学の森しんしんと夏蒲公英 定陵の声つくづくと松の芯 黒い木の黒いデッサン渓五月 風摑みおり長城の黒い蟻 太后の嘆き夏蝶水を搏つ 龍の眼に湖水溢るる五月かな |
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芹 の 水 平成5年5月号 天領の空を運べり芹の水 口噤め噤めと芹の水逸る 野火はしるしろがねの水従えて 達人に見据えられおり万愚説 充実や蟇出る前の地(つち)の張り 瘤の木の影悶々と啄木忌 こころもち鼻血鮮烈みどりの日 石砥る蝶の愛執風峠 中島一浄子夫人を悼む 忽然と蝶消え蝶の影去らず |
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囀 り 平成5年4月号 通り雨ありてかぐわし葱の花 水辷り野火の余燼の匂い来る 春月に地球は蒼く漂うか 白れんの反故の如くに散りつづく ロシア的混迷あおみどろ遅日 墓碑再建四句 春の水安永の祖にたてまつる 墓碑に句碑かしずかしめて花を俟つ 囀りや墓碑にしたがう句碑ひとつ 墓碑再建初蝶を見し日の余白 |
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来つつあり 平成5年3月号 梅寒し地に一本の藁吹かれ 死者集うかに梅林の女声 跨線橋泛く梅林のその上に 梅白し莨きっぱり罷めてより 方位無き梅林に雲遊泳す 梅林の奥煌煌と仏壇屋 梅林を出て突風に攫わるる 風の帯絶ゆ梅散って人散って 梅散って天鵞絨の闇来つつあり |
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古 志 郡 平成5年2月号 雪上に雪ふる少しあそびては 雪に痴れ雪に惚れしと運転手 蒼白の鷺の幻影雪ふり降る 雪つもる深きいのりの針葉樹 束の間の膠着水に溶けぬ雪 水に降る雪いさぎよし古志郡(ごおり) 鴉また鴉奈落を出て雪野 水という水の嗚咽に峡吹雪く 死の際を憶えり雪の白い闇 |
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猟 銃 音 平成5年1月号 歳旦の目覚めに焔色(ほのおいろ)の鶏 翔るものなし水駈ける猟銃音 猟銃音討論のそのあと聞かず 霜柱耀(て)りいっせいに天を指す 刃の色のひかり放てり霜柱 河豚鍋に女の指のひらひらす ストローを噛む歳晩の灯に叛(そむ)き 溶暗の冬霧沼を鷲づかみ 哀願のかたちに蝶の凍てており |
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十 二 月 平成4年12月号 枯草の罠かも風に脹らむは 喜寿にまだ間のあり冬木もて懸垂 大冬木抜かれし穴へ歩みよる 緋目高のまなこ潤めり夜の木枯 騒然とさびしき年のつまりけり 枯山に出る卵黄の如き月 風返峠接骨木冬芽耀る 枯穭鳶がくわえしもの落とす なにくわぬ顔の唱名十二月 |
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木 の 実 平成4年11月号 伴天連の長い手と足木の実降る 昏睡の水傷つけて木の実落つ 沈むもの遠ざけ沈む櫟の実 叭叭鳥の声は聞かざり山に霧 ちりちりと鳴るフライパン霧の底 ずぶ濡れの猫来て落葉裏返す 枯飛蝗とぶ浮雲に同化して 木の実降る音の揺曳繰り返し 敗荷に謀議す発起人同士 |
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白 馬 村 平成4年10月号 生きて見ており雪渓の雪の嵩 雲湧いて出て雪渓の帯括る 朦朦たる雪渓を陽が渉るなり 雪渓の裾屈葬のかたちの樹 罠青し暗し雪渓蹴りあげて 雪渓の杳い流速反る女身 雪渓の端をめくって鴉翔つ また変わる朝の山貌竹煮草 |
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装 釘 平成4年9月号 月昇るなり装釘は藍青に 折り返すトップランナー山から秋 やおら来る膝の鈍痛星月夜 明日厄日どこかで水が鳴りやまず 鳥噪ぐ厄日の河を遠ざけて 口中が粘る晩夏の渚ゆく 秋暑なお蒟蒻が火に焙られて 酒・さかな青葭水をさかのぼる 夜風あわただし真菰に花咲いて |
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雪 渓 平成4年8月号 雪渓を叩いて還り来る谺 朦朦たる雪渓を陽が渉るなり 雪渓の裾屈葬のかたちの樹 雪渓の白のくるめきやがて黄に 断崖に吹かるる羽毛夏つまる 罠青し暗し雪渓蹴り上げて 激湍となり雪渓の舞いはじむ 雪渓の下原色の屋根が反る 白馬八方尾根「ブラン・エ・ヴェール」のオーナー富沢松雄氏へ よみがえる髯ほのぼのと鰯雲 |
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遠 水 鶏 平成4年7月号 七夕や灯の帯撓(しな)う高速路 海紅豆見下ろす高所恐怖症 大沼の輝やかざれば昼の露 影よぎりゆけり岬の草いきれ 鰻喰う茂吉の鰻諮るべく 樹には樹の時間流れて蝸牛 羊が一匹羊が二匹遠水鶏(くいな) 影濡れている一本の竹煮草 かたちなき水の炎上サルビア群 |
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濡 刃 平成4年6月号 天墜ちている万緑の一奈落 海へ出る森林軌道閑古鳥 葛餅や男のまじる女人講 くらくらす朝から浮葉ばかり見て 老耄の鼾がふとる麦の秋 微光曳く屋台の濡刃青時雨 蛇あそぶ地に濫伐の斧置かれ 風の樹に抛り出されし梅雨の猫 蟻つぶす指紋どこかに忘れきて |
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鯉 の 息 平成4年5月号 高野山増福院二句 ひりひりと朝の勤行別れ霜 春霜やひとつぶずつの鯉の息 右明日香左奈良蔓豆の花 小宅容義氏 頻繁に点すライター竹の秋 紀の川を過ぎ荒凉の松の芯 京都智積院三句 万の声束ねて昼の春の燭 八重桜声明母音ばかりなる 読経佳境霞の中へ人ら消え 車中 ハナハトに興じ墜ちゆく花の果て |
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海の体臭 平成4年4月号 新宮に田本十鮑氏を訪ねて 初花や天の下ゆく熊野川 そもそもは「泳ぎ」の一句今ぞ逢う 家中に海の体臭花の雨 水軍の裔の節々春怒濤 三月尽海の男に沖荒るる 鮮烈な眼光春の怒濤見る 去り際の蛇口の嗚咽春嵐 十鮑の拳撫でつつ春眠す 三月の空より曠し熊野灘 |
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春 の 凍 平成4年3月号 冬の鵙陽の骨片となりて飛ぶ 梅寒しついに鳴らざるオルゴール 悶々としてはればれと蛇穴を 二月尽エレベーターの棺の中 啓蟄や傷なめて傷塩辛き 老齢を拒む高齢芽麦に暾(ひ) 雪混じる風出て軋む甕の塩 入浴剤まみどりバレンタインの日 るいるいと轍よじれて春の凍 |
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雪 の 杉 平成4年2月号 雪明り曳きつつ日比谷線地下へ 湧水に揉むほど青くなる冬菜 鷺放ち突如匂えり雪の杉 少年無頼放たれし如雪中へ 寒いので影折れている縄梯子 目を酷使して梟を切ながる 正月の走者ゆっくり森へ消ゆ 梅ほつほつ鶏を叱っている老婆 井上冨月逝きたるあとのさびしさは 電源の切れたる闇に咳つづく |
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師 走 能 平成4年1月号 師走23日、国立能楽堂第三回研究公演「当願暮頭」を 水野あきら(栗原)氏と観る。復曲能「当願暮頭」上演台本の凡例に 「謡本の筆耕は水野栗原氏」とあり。 はしるなり師走を観世銕之丞 蛇となる瞋恚の焔師走能 天枯ればむ即身蛇体ありありと 膝寒し法に狩場に脅えつつ 歳晩の嶮しさ蛇体変身能 鹿を追う眼の爛々と逆光裡 揺蕩うて声明にのる師走の身 声明の邃さ明かるさ冬木道 遮莫千駄ヶ谷の冬木の列 |
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刃に触れて 平成3年12月号 木枯しへ出る刃物屋の刃に触れて 混沌の砂利踏む十二月八日 鴉また鴉畔ヶ谷界隈冬 角砂糖灯ひとつ落して今日から冬 純喫茶葱立てかけて脚組んで 柿照っており逆光の自転車屋 川筋の落葉駛らせ郵便車 年送る億の数字にあなどられ 木村虹雨氏を悼む 凭れば木のさめざめとして霜の声 |
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秋田にて 平成3年11月号 煉瓦館ありしくしくと一位の実 冷まじや俵屋火事の焼け机 灯をはじく甲冑の綺羅そぞろ寒 男潟より女潟へ芦の枯うつる 霧脱いでもとの鏡の残存湖 火口原見ゆきの股を霧放れ おのれ先ず冷えてゆくなり日本海 落葉燦巽巨詠子一族に 夫を喪える稲川美佐子に。夫君長次氏はかつてのわが同僚なり 魂(こん)宿る露のひとつぶひとつぶに |
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月 平成3年10月号 風景のひかり湛えて蛇穴へ 敗れたるものの如くに蛇穴へ 後の月つぶして鶏が眼を閉じる いきなり海石榴の上に石榴裂け 点りつづける露草しろいしろい闇 若過ぎる果実が置かれ月の卓 外房の怒濤着こなす曼珠沙華 曼珠沙華悪事終えたる鴉翔つ 秋霖や道へのり出す石屋の石 |
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秋 出 水 平成3年9月号 震災忌焦げ縄天に漂えり 日に透かす鎌の刃こぼれ震災忌 群青を浚って奔る秋出水 露を韋駄天言葉いくつも盗まんと 風撫でて無頼派教師夏逝かす 喉通るときの痛恨氷水 神将は拳ほどかず雲秋意 鼻先に来て絢爛と秋の蜂 夫君を喪える福島よ志子氏に まなざしの永久の優しさ夏の雨 |
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凉 俄 か 平成3年8月号 凉俄か雲に洗面器の水に 新凉の水わいわいと堰を落つ 秋立つや髯いきいきと老獣医 猫葬る立秋の土盛りあげて 唇舐めて待つふたたびの日雷 新凉の川風扉を押し戻す 蜻蛉散る風の合流点に来て 盆僧を攫ってゆきぬ風のバス 地を連打して凌霄の深吐息 |
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白 い 黴 平成3年7月号 噎せる壁唐糸草を垂らしおり 雷頭上墓は濡髪長五郎 打てば打ち返す生木の白い黴 題名のいまだ決まらずペン灼けて 灼けて立つ任侠映画の杭一本 ビニールの球体灼けて街いびつ みどり一切押しのけ文字摺草微酔 松陰に隣る山陽墓も梅雨 ジーンズのその後は知らず夏氷 |
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蟹 の 爪 平成3年6月号 授業聴くガラスの檻の蝸牛 見えている梅雨の濁流貸倉庫 湾上に漂いおらん屑真菰 遠雷やすでに化石の蟹の爪 木下闇ローランサンの馬が泛く 十薬や展望台へ昇る水 水盗むなり夜の畦を凹ませて 蟇に水浴びせる憤りにはあらず 増田素女勲五等瑞宝章叙勲を祝す 日月の燿りどこまでも青山河 |
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軍鶏の脚 平成3年5月号 挑発の五月はじまる軍鶏の脚 閃めけるものなにもなし蝸牛 神話的存在水に葱坊主 蝶近づくコップの水を震わせて 骰子に黴抽斗に通り雨 海忽と雀隠れの勿来みち 八十八夜青い釦が野に置かれ 実母を亡くした戸辺ますみに 今生のひかりを負いて蝶とべり 愛娘を亡くした岩崎恒子に 泣けるだけ哭くべし落花つみ重ね |
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奔 流 へ 平成3年4月号 フェンスに聞き出す蝶の生まれしを うつむけば睫毛長かり四月馬鹿 神仏に逢わぬいちにち花の冷え 小心のいつも反り身に三月菜 喘鳴を引きずるさくらどきの猫 奔流へ奔流へ梅流れつく 南吉を読む南風に鍵かけて 一飛鳥消ゆ花冷えの水の墓 腹這える東京乞食花三分 |
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関 宿 平成3年3月号 水に梅散らして三葉葵の寺 墓原へ松が競り出す春北風 関宿や遅日の畦へ天降る鷺 あおあおと天を見限る五加木の芽 チューリップ愛のかたちに萎れおり しゅるるしゅるると水眩しきは芦の角 千葉県地区現俳協大会席題即事二句 冴返りつつ水くぐる白い皿 猫族に三月寒き火消壷 同人岡田治子厳父永眠 水ぬるむぬるむと眠り給いしや |
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二 月 平成3年2月号 くらやみの崖から凩のシャワー 雪の竹刎ねて天地を裏返す 一月や鏡の奥の雲と風 雪やんでおりはればれと木の浮力 結氷音地球儀を罅はしるなり 滝凍り障子の裏に何もなし 梅林の風はじめ無く終り無く おののきの二月海光断たれし鵜 鈴木康允氏母堂、茂子先生を悼む いつまでも匂う臘梅観世縒 |
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去年今年 平成3年1月号 水明り風明り年改まる 改年やしらじらとして身の隙間 さしかかる七十の坂初景色 鶏園の裸灯煌々去年今年 膕(ひかがみ)を伸ばす冬木となりきって 藍青(らんじょう)の沼にちらばる冬木の芽 冬怒濤載せて駅前喫茶店 寒し寒し頭蓋に海の星置かれ 年果つる旗も襤褸も滅びつつ |
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紙 の 鶴 平成2年12月号 枯るるなり風も人工血管も 年惜しむ手術痕やや薄れつつ 身の隙にただようひかり十二月 剥落をいそぐ神々冬の蟻 歳晩や暗いところに紙の鶴 河寒し鳴いて金属音の鳥 戸袋の中で寝返りたる落葉 あやつられつつ歳晩の雲動く 老いてスローモーションマスクするときも |
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秋 時 雨 平成2年11月号 秋冷の牛太陽へ跪く ゆっくりと水に近づく秋思の歩 だから冬だんだん涛がよじれつつ くろぐろと波畳まれて十三夜 冬菜に刃沈めて救いがたき指 火の中の釘あかあかと秋時雨 星夜なり柿ことごとく枝離れ にんじんに髯あり灯火親しけれ どん底に降る酸性雨牛膝(いのこずち) |
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蔵 の 町 平成2年10月号 千葉県俳句作家協会高滝ダム吟行嘱目二句 神仏を離れてダムの水澄めり 風奔る敬老の日の蒼いダム 千葉県地区現代俳句協会野田市吟行即事四句 秋眠る諸味ぽつんと昼の燭 闖入者めくゆるゆると雨の鵙 鬼瓦噎せて台風圏に入る 昼の虫鳴く塩辛い風たべて ごわごわと水に刺さりぬ葭の花 草の穂の一寸先きの天広し 白いコスモス紅いコスモス蔵の町 |
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神 域 平成2年9月号 欄干(おばしま)の蝉勝男木に鳴きうつる 神ながら蝉いくたびも音を変えて 水毀す亀と揉みあう羊草 釘もたぬ賽銭箱に蝉時雨 塩断ちて甘味を断ちて永い夏 忽然と散ることあらん榊の実 藪からしそれから永いいくさうた 存えし顔たいせつにとろろ蕎麦 悼平山敏明氏 永遠の薔薇天上に漂えり |
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利根運河植物群 平成2年8月号 角川「俳句」8月号 青芒東西南北空ばかり 眼を伏せて蚊帳吊草の蚊帳を吊る 青芒耀歌の山がうっすらと 胸ぬけてゆきぬ萍水に乗り 生み終えし蝶がとび立つ烏麦 草の罠忘られていて夏雲雀 金葎太陽ついにとどかざり 藜逞し大空に鳥漂わせ 灸花流砂透くまで見ていたり 藺の花や水際に沈む魚の骨 舗装路尽く羊蹄の実の焦げ臭く 浮草や水から下の真暗がり 風湧いて真菰の空のくらくなる 烏麦はぜて太陽生あくび クレソンの照るとき水は錫いろに 昼顔に来て引き返すもの忘れ 文字摺や紅うっすらと山羊の乳 運河百年十薬の白限りなし |
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萍 平成2年7月号 胸過ぎて行きぬ萍水に乗り 落涙の如き木雫青葉菟 鷺草や吃りつづける怒濤音 蝸牛のかっと瞠く神事かな 半夏生男よくよく稚なかり 女には見えざる時間目高散る 蝸牛背中痒くてならぬかな 町川の下流明るし葦と葭 クリスタルグラス夕べの蛾が沈む |
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老 鶯 平成2年6月号 目ぐすりをさすあおあおと瀧溢れ 懐中の数珠灼けてくる葛西領 罪の日の水ぎわに湧く青谺 茨白し茨城県に入りたれば 稲妻や足からねむる未青年 硝子切る若葉燦々奔らせて 走り梅雨は岩ひたすら地に沈む ときわ句会筑波一泊吟行 老鶯のひとつ訛っておりにけり 池松禾川先生の霊に 賜りし茶碗のぬくみ五月闇 |
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散る如く 平成2年5月号 余花白し暗し真昼の濁り川 散る如く漂う如く桜しべ 雲ふやす水の裏切り遅桜 春昼の帆船ついに帆を張らず 何もかも遅日鵞鳥にあと逐われ 河つなぐための縄綯う若葉寒む 春夕焼河燦々とぶらさがる 忘られし頃の充実蝮草 春の滝梳(くしけず)らるる如奔る |
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花 吹 雪 平成2年4月号 声挙げるたび恋猫の声まみれ 花くぐる何か足らざる腕提げて 誰いうとなく珈琲に寄る朧 朧なり校正の朱の滲むほど まばたかぬ黒衣の女花吹雪 序破急の流速に乗る芽の柳 滅びゆく麦のさざなみ金箔茶 転び出しそうな丸文字卒業期 梅白し鉄の奔流見し後に |
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風 嫌 い 平成2年3月号 初蝶と逢いていちにち有頂天 初蝶が過ぎて大王松戦 ノックして待つ初蝶の消えし空 風嫌い人間ぎらい春の鷺 日陰ほど草萌烈し誕生日 鳰浮沈敗北動作繰り返し 夕月を嵌めて砂金の雪解川 二月の死女にベレー帽遺る 空で死ぬつもり梅咲く坂登る |
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鷺 平成2年2月号 鷺孤高雪に波長を合わせつつ 瞑想の鷺は凍てゆくばかりかな 唇にまだ激辛カレー冬野行く 冬蜂の彷徨空を押し上げて 二号半野火の遍歴はじまれり 共犯者めく焼藷を渡されて 掌(て)に何もなし如月の星空行く 絨毯のさざなみ風邪の眼にうるむ つぎつぎに星嚥みこんで冬の鯉 |
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風の断層 平成2年1月号 去年今年夜間飛行が刻つなぐ 霜のぞく起伏乏しき街に栖み くろがねの貨車来て冬木搏ちあえり 冬逞し耳のうしろのシャワー音 冬の鵙風の断層窺えり 裸木と並びそれから何もせず 寺町に枇杷咲く何も摑めぬ空 口あけて眠る水甕枇杷の花 十二月ガラス細工の馬火照り |
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風 葬 平成1年12月号 木枯らし来恐ろしきこと始まると 落葉鳴る鼠暴走したるのち パレットの絵具の起伏寒い耳 熟柿落つ都市空間の錆レール クレソンの束充つ冬の冷蔵庫 さめざめと絨毯のしみ十二月 海毀れゆく風葬の烏瓜 十二月八日繃帯まだとれず 抜糸すぐ了り汚れた咳落とす |
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私の遠景 平成1年11月号 霧もつれおり晩齢の桑の瘤 剃りあとのまだひりひりと朝の鵙 水の遠景雲から雁が降りてくる 海を忘じて海坂へ凭る秋鴎 自然薯に罅出て地震多発の町 蘇鉄の実つくづく鬼の泪とも 鳥渡る歌碑の牧水忘れられ 花野行く杖の老人杖ふりふり 鶏頭に昼の怒涛が起ちあがる |
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充 電 平成1年10月号 太陽を充電しつつはたはた翔ぶ 置きざりの傘と自転車鳥威 虫売りが鞄から出す虫図鑑 柚子熟れてゆく一枚の作文に 霧重く銀行昼の灯をしぼる てかてかのゴキブリが過ぎ夜が過ぎ しぼみつつ干唐辛子恐縮す すれ違う赤い腕章夜の霧 秋俄か喪のネクタイを強く緊め |
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雲 秋 意 平成1年9月号 嘘すこしまじる細流ほたる草 呑みこみし風の塊り雲秋意 死ぬときの風を窺う秋の蛇 月涼し人より遅れ置くコップ はたはたが飛んで遠くの水動く 秋炎のダムから暗い貌剥がす 腹見せて鯉泛く病葉の隙間 どの木にも風が鈴成り祭以後 悪名や風が毀した蝉の殻 |
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蟻 地 獄 平成1年8月号 寝たふりの渓の倒木暑い雲 金葎手の鳴る方へ水傾ぐ 水つかむ水に溺れし果の蟻 木枕に昼寝の首の従わず 孔雀見る暑さ男のペンダント ふと魚臭簾の隙に海見えて 教会を出る水色のサングラス 退院のその後の月日蟻地獄 ナイターの裏で火のつく赤ん坊 |
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八十八夜の帆 平成1年7月号 「俳句四季」7月号<人と作品>20句中より抄出転載 うつむかぬかたかごありて風の乱 たかんなの柔毛が弾く雨の粒 茶筌置くときさかしまに遅日の木 茶房果つおぼろの星を閉じこめて 脚垂れしままの旋回夜の蜂 真夜中の蜂出て地球儀を歩く 不眠また新樹に移る雫音 乱獲の沼さめざめと春霰 蜂起して湖に八十八夜の帆 |
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恩 平成1年6月号 五月病む身に人の恩水の恩 句碑鎮む如くベットに沈む首夏 千人の恩被(き)て哭かゆ万緑裡 碑面(ひおもて)をなぞる月光遠水鶏 走り梅雨かも死を脱けし爪に艶 若葉照るあわやの命救われて 十八瓩減って白桃眩しめり 五月闇造影にわが臓腑(わた)露わ 悼石井輝氏母堂 あとさきに螢したがえゆく旅か |
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仰 臥 抄 平成1年5月号 四月十二日深夜突如入院 毛という毛剃らるる春の一大事 粥に韮青し一命とりとめて 横臥より仰臥さびしき五月かな 植田水奔る仰臥の胸の上 看護婦の跫音(あおと)八十八夜かな 眠れざる夜が怖し遠蛙 水のんで我慢葛切たべたしと 聖五月死なざりし躬を拭かれおり 振り返る時が死ぬとき竹煮草 |
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初つばめ 平成1年4月号 わが句碑成る・除幕は四月二十九日 一句 弟子の恩教え子の恩初つばめ 飲食(おんじき)は淋しさくらに万の人出 夕桜散るあの世ともこの世とも 幔幕の外へ外へとさくら散る さくら散る桜雫といえそうに ただならぬ明るさ桜散りし空 覇者敗者去りゆき青い芝残る 百千鳥湯が湯ざましとなりし頃 人と犬曳きつ曳かれつ夕朧 |
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春 の 雁 平成1年3月号 昭和まだ匂う畦火も木の臼も 畦焼いて畦に昭和を匿したり 雲雀野を車輪拡大しつつ来る 山湛え電柱末黒野に沈む 冷めきれぬ液状ガラス春の凍 神々のたそがれへ蝶潜りこむ 七人の敵の頭上を春の雁 墓原に茶碗転がる春霙 糺すもの糺さるるもの芽木叫喚 |
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山を想えば 平成1年2月号 くろぐろと日向寒がる水際(みぎわ)の木 林中の焚火が水に燃えうつる ぐずついて寒の腐葉土冷めきれず 雲早春皮から腐る風倒樹 コンテナのあとにコンテナ春の雲 草色のコンテナが消え温む水 伸び縮みして立春の水に竹 早春の見知らぬ河にゆきあたる 大寒の山を想えば山ともる |
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鷹 平成1年1月号 天を鷹岩肌に鋲うつ男 極月の手足遠くに置いて睡(ね)る 牡蛎啜り見下ろす街の風の向き 新巻の貌にうべなう目鼻あり 鬼面寒む一機の尾灯見届けて 地獄絵の隙間を奔る冬の水 膝ついに折らぬ駱駝を見て師走 極月の涛しなやかに起ちあがる ととのわぬ書体そのまま十二月 |
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